自信喪失から対人恐怖症へ、そして仕事と現実からの逃避

好きだと思って選んだその仕事、実は親の価値観のコピーかも?
のつづきです。

必死の思いで頑張って転職した先の企業は、有名大学卒の優秀な人たちが生き残りをかけて争うスーパー能力主義の会社でした。

自分とは明らかに脳の構造が違う種族(=キャリア組)がいて、私たち一般社員(ノンキャリア組)は働きアリのような存在でした。

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まだバブル時代の名残りが強く、社会全体が強い上昇志向を持っていた時代のことです。

「勝ち組」「負け組」と言う言葉が流行っていた頃で、全員が勝ち組めざしてのし上がっていこうと努力していた時代。

私の中で「キャリア組=勝ち組」
「ノンキャリアの底辺にいる自分は完全な負け組」
という図式ができあがっていきました。

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自己評価がどんどん下がっていく…!

キャリア組の人たちの華やかな世界(実際は過酷な競争世界でしたが)と比較しながら、「私の仕事は猿でもできるどうでもいい仕事」「社内ピラミッドの最底辺のカス」と、自分で自分を卑下するようになっていきました。

自分に自信が持てないでいると、人からもそんな目で見られているような気がしてきます。

皆も私のことを
「猿でもできる仕事しかできない低能人間」
「最底辺のリプレイス可能なカス」
と思っているような、バカにされているような気がしてきて、社内の人の目が怖くなっていきました。

時を同じくして私生活では、付き合っていた男性に人生で初めてフラれました。人生で初めての「フラれる」という拒絶体験によって、自信喪失と自己否定に拍車がかかりました。

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自分の顔がコントロールできない…!?

会社では、廊下で誰かとすれ違うときは挨拶をしなくてはなりませんでしたが、これも苦痛になっていきました。

廊下を歩いていて人とすれ違うというのは、避けることができません。
それなのに、これが嫌で仕方がない。
目を合わせたくない、でも、目を合わせてあいさつをしなくてはならない…。

そして「アレ」が発動するようになるのです。

人と会いたくない、目を合わせたくないと思い続けているうちに、目を合わせる相手を、意図せずにらんでしまう、恐ろしい「アレ」…。

視線恐怖症(自己視線恐怖症・他者視線恐怖症の両方)」の始まりでした。

自分の意志に関わらず、笑顔が歪む。
口は作り笑いをしていても眼が相手をにらんでしまうという、異様な表情…。

”自分の顔が自分でコントロールできない…!”

生まれてこのかた体験したことのない異変が、私の顔の上で起きていました。

最初の頃は社内のキャリア組の人たちに対してだけ出ていたこの現象が、だんだんノンキャリアの人たちに会う時も出るようになっていきます。

さらに社外でも出るようになり、自分が安心していられる場所(表情が歪まないでいられる状況)が、どんどん狭くなっていきました。

テレビを見ている時に、キャスターがカメラ目線になった瞬間、恐くて目をそらすようになった時にはもう、「自分はオカシクなってしまう」という恐怖を覚えました。

この会社にいては人生がダメになる。

自分が自分でいられる仕事、「本当の自分の居場所」を探さなくてはならない。

私には、私の「本当の仕事」があるはず…!

せっかく親にスゴイ!と言われる会社に転職したけれど、ここは私の居場所ではない。

私の「天職」探しの旅はまだまだ続くのでした。

対人恐怖症でも自宅でできる仕事…と思ったら営業から始まった!
へつづく

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