ADHDの母・DVの父、ストレスと絶望に支配された幼少期

対人恐怖症克服以後、「基本、友達はいなければいないでOK」と思っている私にとって、「プライベートでもお茶しよう」と思えるママ友はずっとA子さんひとりくらいかな、という感じでした。

歳も歳だし、もうそんなに仲良くなる友達ができることもないだろうと思っていたのですが、最近になって知り合った茜(あかね)さんは少し違いました。

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明るく天真爛漫、心の問題なんて一切なさそうに見えるママ友

茜さんとは初めて会った時から、
話をしていてなんとなく落ち着くというか、
空気が合うような気がしていました。

茜さんは、初対面の私を何のためらいもなくお茶に誘ってくるような、
明るく天真爛漫で人見知りなどなさそうな元気印の人。

私がブログで書いているような、
うつ病、社会不安障害のような心の病気のことなど
存在することさえ知らないんじゃないかと思っていました。

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でも、事実は違いました。

ごく最近の会話で知ったことですが、
茜さんのお母さんはADHD、お父さんはDVだったのだそうです。
※ADHD=注意欠如多動性障害、
※DV=ドメスティックバイオレンス、家庭内暴力

どうして私と茜さんが初めて会った時から意気投合したのか、
なんとなくわかったような気がしましたw。

似た者同士、引き合うものがあったのかもしれませんね。

ただ、茜さんが小さかった頃の家庭環境は、
私のそれの比ではありませんでした。

私の幼少期の家庭環境が、
「虐待と言えないこともない」くらいのレベルだとしたら、
茜さんのは「これこそ虐待」と言うべきもの。

表向きエリートだったお父さんは、酒乱でDV。

毎日の激しい夫婦ゲンカ、
いつ何をきっかけに怒り出すかわからない父。

ADHDのお母さんは、言うこと・やることに一貫性がなく、
何もかもが唐突で意味不明。

一人娘の茜さんは逃げ場もなく、
守ってくれる人もなく、
孤独な幼少期を送っていたのだそうです。

人生は楽しいことなど何もない。
生きている意味もわからない…。

茜さんは、かなり小さい頃からそんなことばかり考えていたのだとか…。

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家庭の異常に気づいても、逃げることができなかった10代

自分の両親が普通でないと気が付き始めたのは、
茜さんが小学校高学年の頃。

まだADHDという言葉が一般的に認知されてなかった時代とはいえ、
お母さんの行動が異常であることに気が付き始めます。

また、暴力で支配しようとするお父さんが、
いかに自分を追いつめているのか、
自分がいかに理不尽な環境で育っているのか、
友達の家庭と比べて見ることができるようになりました。

とは言え、まだ未成年だった茜さんにはどうすることもできず。

中学・高校の頃の茜さんは、
ストレスで顔中を覆うほどの湿疹ができ、
髪は白髪まじりになってしまっていたのだそうです…!

小さい頃からほめてもらった経験がないこと、
湿疹と白髪で風貌が変わってしまったことから
視線恐怖症のような状態にもなりました。

湿疹は、すれ違う小学生から「キモチワル~!」
って言われちゃうくらいヒドくて、
いつも横顔を髪で隠し、猫背でうつむいて歩いていたそうです。

私もそんな歩き方してた~!」と、
視線恐怖症あるあるで盛り上がってしまいましたw。

「自分がこの状況から脱出するためには、この家から出るしかない」

茜さんは、失われた自分の人生を取り戻すために、
短大を卒業した20歳の春、家を飛び出し、
やっと両親から離れることができたのです。

つづく↓
毒親から離れ、自由な一人暮らしの中で自分を取り戻した20代

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