親しくなる前に自分から離れてしまう孤独グセ【回避依存症】って?

孤独でさみしい。

何でも話せる親友や、ずっと一緒にいたいと思える彼・彼女が欲しい。

そんなふうに思っているはずなのに、いざ親しくなりかけるとその近すぎる距離感に耐えられず自分から離れていってしまう…。

そんな経験はありませんか?

人と親しくなりすぎるのが恐いと感じているあなたは、回避依存症(かいひいぞんしょう)かもしれません。

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近づきすぎて傷つくのが恐い…!

回避依存症とは、友達関係や恋人関係など、人間関係が親密度を増してくると居心地が悪くなり、大切なはずの相手との距離を置くようになってしまう傾向のある人のことを言います。

親密になるという事は、ケンカしたり、自分のイヤな部分を知られてしまったり(または相手のイヤな部分を知ってしまったり)など、傷つくリスクも高くなるということ。

傷つくことを極端に恐れるあまり、親しくなることを避ける、というのが理由であると考えられます。

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このような傾向にある事を「回避依存症」と呼ぶようになったのはごく最近のことと思いますが、症状を聞いたとき「ああ、私は軽度の回避依存症だったのかな」と思いました。

40代になった今でも少しその傾向があります。

今の私にとって家族以外の交流関係と言えば、子どもを通したママ友、そしてパート先のパート仲間さんくらい。

ほとんどのママ友とは、必要以上の会話もあえてすることはないし、パート仲間さんとも、パートに関連する愚痴やウワサ話など、さしさわりのない話しかしません。

そんな中で、ごくたまに距離感が急速に縮まってしまう人がいます。

普通に考えれば単に「気が合う人」なのであり、自然に近づくに任せていれば良いと思うのですが、私はそういう人があらわれた時、妙に心が落ち着きません。

心のどこかに「本当の私を知ったら、きっとこの人も離れていく」というような、過去の経験から染みついた思い込みがあるようです。

そのため、こちらから連絡することは少ないし、むこうから連絡が来なくなれば、さみしいと思う反面、ホッとしたりします。

私はもう40代だし、こんな自分を無理して変えたいとも、変える必要があるとも思っていません。

これが私ですから。
一人はけっこう楽ですし。

ですが、10代~20代の、同世代のまわりの人間たちが楽しそうに見える世代にとって、回避依存症であることはかなりの苦痛ですよね。

自分だって皆と同じように親しい友達が欲しい。

自分も「仲間」と一緒に思いっきり遊んで楽しみたい。

そう思うのが人間として当然の心理でしょう。

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楽しそうにしている人も実は皆さみしいとしたら…?

私は対人恐怖症だった20代後半の頃、ある宗教団体の活動に参加していた時期があります

その宗教団体はカルト教団でしたが、教団が基本的な教えの母体としていたのは仏教でした。

苦しみ、救いを求める多くの人々の心に広く受け入れられた仏教の教えを元にしていたので、人の心の奥深くにしみわたる普遍的真理も教えられました。

それらの真理の中でも、知って良かったと思っているのが、
どんなに楽しそうに見える人でも、心の奥は皆さみしい
ということです。

人はなぜ集まるのか。
人はなぜ友達を作りたがるのか。
人はなぜ祭りやイベントを求めるのか。
人はなぜ家族を求めるのか。

全ての人は、心の奥に深いさみしさを抱えているからです。

さみしさは、深く暗い心の闇ですから、誰もその闇とじっくり向き合いたいとは思いません。

心の闇を見たくないから、楽しいことを求める。

さみしさと向き合いたくないから、友達をつくる。

私はフジテレビの「ホンマでっか!?TV」をよく観ていますが、いつもあんなに明るく楽しそうな明石家さんまさんだって、
「人をいっぱい家に呼んでパーティーして、全員帰った後のさみしさが耐えられない」的なことをポロリと話していたことがあります。

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パーティーや祭りの後に、いつもより強くさみしさを感じてしまうのは、さんまさんだけではないですよね。

本当は誰だってさみしいのです。

「親友」がいる人だって、「親友がいるから人生は楽しい」というわけではありません。

「親友がいるから楽しい」という条件付きの楽しさは、「親友でなくなったら楽しくない」というのと表裏一体です。

長々と語ってしまいましたが、私が言いたいのは、「誰かと親しくなればさみしくない」という幻想を捨てましょう、ということです。

人の心の本体はさみしいのです。

まずはそのさみしさと向き合いましょう。

以前、高橋真麻さんのおひとり様焼肉について書いたことがありますが、おひとり様でいられる力が付くと、人と親しくなりかけた時に「自分らしさ」を失わずにいられるようになります。

「自分は一人だから、友達が作れないからさみしい」は真実ではないということ。

誰もが心の奥に抱えていながら見ようとしない「普遍的な心のさみしさ」と向き合うこと。

カルト教団にはいろいろ振り回されましたが、普通に生きていれば知ることのできなかった「誰もが持つ心のさみしさ」という真実を知ることができました。

それをここに書いて、一人でも多くの人に読んでもらえるなら、宗教も無駄な回り道ではなかったな、と思います。

実際、人生に無駄なことなんてひとつもないのですよ。

「回避依存症」も「対人恐怖症」も、何ひとつ無駄じゃないのです。

本当。信じて。

まずは自分と向き合い、おひとり様力をつけよう

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2015-11-27 親しくなる前に自分から離れてしまう孤独グセ【回避依存症】って? はコメントを受け付けていません。 心の病気