夫婦Wうつで苦しんだ萩原流行さん、本当の病名は双極性障害

2015年4月22日に亡くなった萩原流行(はぎわらながれ)さんは、奥様のまゆ美さんと共に、夫婦ダブルでうつ病だったことでも知られています。

しかし実際には、流行さんが患っていたのは、うつ病ではなく双極性障害だったと言われています。

萩原流行さんとまゆ美さんの共著『Wうつ』によると、流行さんの人生はまさに「壮絶」でした。

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父親不在の幼少期~家庭内暴力の少年期

流行さんの父親は、当時名前の売れたバンドのギタリストで、流行さんも子供の頃はかなり羽振りの良い生活をしていたそうです。

しかし、流行さん兄弟(流行さんとお兄さん)は、「愛人の子」という立場でした。

流行さんがはじめてお父さんと会ったのは、小学校に入る少し前だったとか。

生まれて初めての父親との対面で目にしたものは、「父親であるはずの男が、自分の母に暴力をふるうシーン」でした。

-その次も、そのまた次のときも、父は家に来ると母親を殴っていた-

暴力のある日はいつも、流行さんは布団にもぐりこみ、
「今日寝たら、このままずっと目が覚めませんように」と願っていたそうです。

流行さんはまだ幼稚園児だったにもかかわらず、
「こんな生活が続くなら生きていたくない」と感じていたのですね…。

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そして、高校2年の6月、事件が起きてしまいます。

授業を終えて帰宅した流行さんは、家中にものが散乱して、顔が血だらけになった母と兄が放心状態でいるのを見つけます。

その横に立っていた父親と目が合った瞬間、流行さんは理性を失いました。

前歯が全部折れるほど父親をフルボッコにしただけでは気がすまず、台所から包丁を持ち出し、父親を刺そうとしたところで、母と兄にすがりつかれ、止められます。

我に返った流行さんは、猛烈な自己嫌悪に襲われます。
「見境なく暴力に訴えてしまう。これじゃあ、親父とそっくりじゃないか…」

流行さんが自殺を考えるようになったのは、この頃からだったそうです。

流行さんは人生の中で、何度も自殺未遂を繰り返しています。

最期のバイク事故…、あれが本当に事故だったのか、それは誰にもわかりませんが…。

家族に捨てられる

流行さんが21歳の時のある日のこと。

流行さんがバイトから帰ると、自宅はもぬけのカラでした。

家財道具ひとつ、布団ひとつ残っておらず、家族がどこに行ったのかもわかりません。

お母さんにとって流行さんがどんな存在だったのかは知る由もありませんが、21歳の大人になっているとはいえ、母親と兄に捨てられるという体験が心に与える影響は、はかり知れないものがあったでしょう。

激しい人間不信と、見捨てられ不安に襲われたであろうことが想像されます。

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萩原流行さんが苦しんでいたのは双極性障害だった

自著「Wうつ」では、ご自身と奥様のまゆ美さんのことを「うつ病だった」と言っていますが、実際には双極性障害(躁うつ病)だったようで、ご自身もそれを認め、カミングアウト(?)していました。

躁状態の時は、一晩で1000万円くらいの買い物をして帰り、しかも買い物の記憶が全然ないこともあったそうです。

亡くなる前にも何度か交通事故を起こしていますが「事故を起こした認識がなかった」とも言われています。

本当は運転できる状態じゃなかったのかもしれません。

亡くなる直前の頃には、躁うつ病の状態はかなり改善していて、症状はおさまっていたようだと言われていますが、いつ再発するかわからない病気ですから、実際のところはわかりませんね。

躁状態での運転だったかもしれないし、高2の頃、いえ、幼稚園児の時代から持っていた自殺願望を突発的に成し遂げてしまったのかもしれません。

いずれにしても、運転してはいけない、免許を返上しておいたほうが良い状態だったのではないかと想像されます。

免許を返上したところで、躁状態の時に「自分は免許返上してるから」という事実がどれだけ通用するのかはわかりませんが、自分の、そして家族や周りの人の命を守るために、運転しない・できる状態を作らない努力をしておくべきだったのかもしれません。

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